句解説

近江国彦根の上品寺の住職の子に生まれた法界坊は、八つのときに父に死なれ、諸国へ修行の旅に出た。十年後に故郷に戻ってみると寺は荒れ放題、再建のための寄付金集めに再び旅に出た。江戸では新吉原、扇屋の遊女・花里がこの若いお坊さんの志に感銘し、廓内の寄付を取りまとめてくれた。花里は志半ばで他界したが、いもうとの花扇が残りを集め、立派な釣鐘が完成して、法界坊はそれを持って寺へ帰った。数日後、法界坊の夢に花里が現はれ、朝起きると枕もとに観音像が置かれてゐたといふ。


句解説


句解説

芹川は多賀の山奥から琵琶湖に流れる彦根の一級河川です。

彦根城築城の折に城下町を作るために植えられたとされ樹齢400年くらいの木が並んでいます。

中には、『大老の樹』や『赤鬼の樹』・『開国の樹』等と名づけられているものもあります。

彦根カルタストーリー作品

『けやき道絵日記』

20××年 滋賀県彦根市
孤独死をした老人の遺品整理などを行う清掃会社に勤務する『私』が見つけたのは、老人のノートの日記と芹川のけやき道が描かれたスケッチブックによる絵日記だった。
奇妙な絵日記に記された老人の生活とけやき道を通して語る彦根のお話。


句解説

彦根城本丸への登城道で最後の関門として立ちふさがるのが太鼓門櫓(たいこもんやぐら)。国の重要文化財に指定される太鼓門櫓は、門櫓の南側に屈曲に続櫓が備えられています。登城合図用の太鼓の音を響かせるためなのか(定かでありません)、東側の壁がない構造になっています。太鼓門櫓を過ぎると、正面に天守が現れ、時報鐘の前となります。